島本和彦主催[HOOP HYSTERIA]バスケットボールファンクラブ
吉川 哲彦の「だむだむ探検隊」

bjリーグトライアウト&ドラフト〔2006.6.10〕

前回お伝えした通り、bjリーグは早くも次のステップに向けて動きだしています。2ndシーズンを前にまずやらなければならないこと、それは新戦力の獲得です。日本全体のレベルアップのためにも必要な作業です。
今回は、5月22日に行われたドラフト会議2006に至るまでの新戦力獲得の過程を追います。1月に開催されたトライアウト1次選考については以前に書いたので省略するとして、その後の動きを見ていきましょう。

☆トライアウト追加選考(4月19日)&最終選考(5月8日)
最注目は「JBLで移籍・引退リストに載った選手が何人来るか」という点です。リストには日本代表経験者の名前も多く、これらの選手がbjでプレイする姿を想像した人も多かったと思います。しかしフタを開けてみれば、スーパーリーグからは佐藤浩貴(専修大→松下電器)だけ。長谷川誠・庄司和広に次ぐ元日本代表bjリーガー誕生への期待が大きかった分、いささか拍子抜けという気がしないでもありません。
とは言うものの、昨年よりもレベルは確実に上がっています。スーパーリーグ組がいない代わりに日本リーグから実力派の選手が来ていることに加え、呉屋貴教(日大出)や池田雄一(東海大出)など大学トップクラスだった選手もいて、ネームバリューだけで考えても昨年以上なのは確かです。全体的にサイズも昨年より大きい。
これは、河内コミッショナーも言っていましたが、とりあえず昨年は様子を見ていた選手達も1stシーズンの成果を受けて「トライする価値はある」と判断したということでしょう。良いステージを見せることで良い選手が集まり、さらに良いステージに昇華するという好循環が生まれつつあります。 1次選考・追加選考に比べるとやはり確実にレベルは高かったですね。パスのタイミングや精度、シュートセレクション、ディフェンス等はもう雲泥の差です。河内さんは「僕が監督だったら、この中からメンバーを選んで外国人を入れれば十分戦える」と言っていましたが、確かに1年目からプレイオフにいけるチームが2つは作れそうというのは僕も感じました。つまり、富山と高松にも大いにチャンスありです。
ちなみに会場の東京スポーツ文化館には、bjの選手も来ていました。もちろん埼玉と東京の選手がほとんどですが、何故か長谷川誠(新潟)の姿も。そして、新潟OBの細野真はジャパンエナジーで同僚だった石橋貴俊に声をかけていました。観客席で青木勇人・庄司和広・鈴木裕紀といった元新潟組の即席同窓会も開かれた模様です(?)。

☆ドラフト会議(5月22日)
昨年は六本木ヴェルファーレで行われたドラフト会議、今年は原宿クエストホールでの開催です。最寄りの原宿駅から会場までは300メートル程度だと思いますが、その短い距離を通る間にもやたら背の高い人間が目につきます(笑)。
ドラフト会議は一般には非公開で、会場内にいるのはリーグ・チーム関係者、ドラフト対象者とその家族や友人、そして報道関係者。ほとんどの人がスーツ姿です。場内はステージ上だけが明るく、フロアは照明が落とされ薄暗くなっています。どことなく緊張感が漂っている感じで、何故か僕もドキドキしてしまいました(爆)。
そしていよいよ会議スタート。栄えある全体1位指名は、予想通り呉屋貴教でした。指名したのは富山。名前を読み上げられるとステージに上がり、河内コミッショナーから指名チームの帽子を被せてもらいます。この帽子がメジャーリーグ等のキャップを販売しているメーカーのもので、実にカッコイイんです。
その後に指名選手のスピーチがあるのですが、いの一番の呉屋選手のスピーチが少々長めだったせいか、後に続く選手も一言二言で素っ気なく終わってはいけないという雰囲気になってしまった感があります。それで失敗したのが、直後の全体2位で高松に指名された石田晃章(中大出)。スピーチの途中で長〜い沈黙を作ってしまいました。先頃二世タレントと結婚した某芸人に顔が似ている石田選手ですが、喋りに関しては某芸人と違ってあまり得意ではない様子。しかもこんな場ですから、緊張で余計に喋れなくなるのも当然ですね。
そんな厳粛な場を和ませたのが石橋選手。当然のように富山からの指名を受けて壇上に上がり、日本代表時代の監督でもある河内さんから帽子を被せてもらうわけですが、「今日はこれが一番心配だった」と本人も語ったように、帽子が小さすぎて(というよりは頭がデカすぎて)どう頑張っても入りません(笑)。仕方なく手に持って写真撮影とスピーチに臨んでいました。コート上では帽子の心配は必要ないので、思い切り暴れてほしいものです。余談ですが、指名時の年齢37歳8カ月という記録はおそらく今後破られないでしょう。そういえば昨年の最高齢指名も石橋という選手でしたね。

ドラフトといえばそもそも日本ではプロ野球にしかなかった制度ですが、そのプロ野球では毎年多少なりともサプライズがあります。昨年で言うと、横浜の指名確実と見られていた選手が先に読売に指名されてしまった、ということがありました。選手の思惑やチーム同士の駆け引き等がドラマを生むわけです。
それと似たケースがbjでも生まれました。2巡目で富山が陰承民を指名したのです。陰はアーリーチャレンジ制度(庄司・上山がbj入りした際のルール)で大分に入った選手。次が大分の指名順だったこともあり、場内からはどよめきも起こりました。
しかしそれ以上にどよめいたのが、まさにその直後の大分の指名放棄でした。実はどうやら陰についてはあまりこだわりがないという話も小耳に挟んだので、先に指名されたショックはなかったかもしれませんが、いずれにしてもプロテクト4人で指名ゼロというのは驚きです。プロテクト1人(!)で指名2人の仙台とともに、A契約を減らして年俸総額を抑えたいというチーム事情でしょうか? せっかく庄司を指名できるチャンスだったんですけどね……。
全体的に見ると、予想を大きく裏切る指名はなかったように思います。大阪は天日コーチと松下つながりで前述の佐藤を、富山は福島雅人コーチと三菱電機つながりで米本聡を、そして高松は丸岡茂樹監督と豊田通商つながりで喜多誠を、青木幹典コーチと浜松大つながりでアイザック・ソジャナーを指名しました。そういえば青木コーチは石田の大学の先輩でもあります。
さらに、新潟が地元出身の池田、仙台が東北出身の高橋憲一(東北学院大→日立電線)と近藤雄治(愛知学泉大→ホシザキ東海)、富山も地元の野尻晴一(法政大→大塚商会)というように、地域性を重視した指名も見られました。埼玉と東京の指名ゼロ、全体で17人指名という点もほぼ想像の範囲内ですね。
しいてサプライズを挙げるとすれば、僕的には大阪2巡目(全体5番目)の斉藤資(日体大出)でしょうか。実力は間違いなくありますが、大学時代は怪我が多くて実力を発揮できなかった選手。ガードを指名するなら、日体大同期で4年間主力だった与那嶺翼のほうが無難かと思うので、意外といえば意外でした。とにもかくにも指名されたわけですから、プロでこれまでの分を取り返すつもりで活躍してもらいたいところです。

これからチームごとのトライアウト等を経て、2ndシーズンの陣容が決まります。まだまだ目が離せませんね。



吉川哲彦(よしかわあきひこ)

1974年生まれ、東京都出身。
中学1年時はバスケ部に在籍したが、転校した先ではバスケ部に入らず。その後、バルセロナ五輪のドリームチームに触発されて大学でバスケ部(体育会系)に入部。3年時の関西リーグ4部準優勝&3部昇格が唯一の自慢というベンチウォーマー。
26歳の時、周囲の勧めもありフリーのスポーツライターに。一番最初の取材対象に新潟アルビレックスを選び、それ以来取材対象はほとんどがバスケ。カテゴリーを選ばず、ありとあらゆる現場に足を運ぶ日々。
「自分の文章が日本のバスケ界を変える一助になれば……」と秘かな野望を抱いている。
2005年、初の著作「オールドルーキー」(共著・阿部理)がHOOP HYSTERIAより刊行される。

▲BACKNUMBER  ▲TOP