島本和彦主催[HOOP HYSTERIA]バスケットボールファンクラブ
吉川 哲彦の「だむだむ探検隊」

ファイブスターキャンプin狛江・バスケは楽しく!〔2006.3.14〕

島本和彦さんと岡山恭崇さんが主宰するファイブスターキャンプが、今年もヒステリアの拠点・狛江にやってきました。
2月19日午前9時、いつもH2B2でお世話になっている狛江市民体育館に、小学生から高校生までの「バスケがしたい!」男女35人が集結してのキャンプです。

午前中はファンダメンタル。フルコートが2面取れるスペースを4つに分け、各コート毎に専門のコーチを配置。3つのグループが一定の時間で移動しながら、それぞれシュート・ドリブル・リバウンドを教わるというローテーション形式です。
例えば、あるグループはまずAコートでリバウンドを教わり、次にBコートに移動してドリブルワーク、最後にCもしくはDコートでシュート練習。もちろんその間に別グループは隣のコートで他のスキルを教わっているわけで、最近は多くのクリニックで採用されている効率の良いやり方です。グループ分けは小学生・中学生・高校生の3つでした。
スキル別にコーチがついているので、練習方法もそれぞれに工夫が凝らされています。中でもリバウンドの部門は、2チームに分かれてサークルを囲み、その真ん中に置かれたボールを5秒間取られないようにスクリーンアウトするというものや、リバウンドを取ってシュートし、さらにルーズボールを取ってまたシュートといったものなど、あまり見られない練習方法を取り入れていました。僕が知らなかっただけなのかもしれませんが(爆)。

昼休みをはさんで、午後の部の最初はゲストが登場。前回のこのコーナーで紹介したストリートのプロ、Legendの選手達によるボールハンドリング講座です。
AJがメインコーチのような感じで進んだのですが、AJの進行はなかなか手慣れたものですね。喋り上手な人はついつい笑いを取ることに走りがちですが、彼は適度に参加者の笑いを誘いながらしっかりとドリブルの重要性を説いていました。参加者をノセるのもうまかったですね。
毎日指導する学校の監督やコーチはそういう方法を取るわけにはいかないと思いますが、クリニックの場ではこういった“子供達のやる気を起こさせる”方法が有効です。なおかつちゃんとポイントを突いた指導もしていたので、思わず筆者も「やるな、おぬし」と密かにつぶやいた次第です。
そうそう、参加者がLegendのプレイヤー達のデモンストレーションに驚嘆していたのは言うまでもありません。

Legendのメンバーが会場を後にすると、キャンプは1on1や3on3のゲームに移りました。その中で、1on1の高校女子部門決勝はかなりの激戦。白熱の勝負を制した女の子は、以前GYMRATSという団体のクリニックでも僕と顔を合わせたことがあり、相当な向上心の持ち主のようです。実力も既にかなりのもので、Legendのメンバーにも負けじとばかりに見事なドリブルを披露していました。
そして最後はシューティング大会。フリースローラインから順にシュートを打ち、決めた人は無条件で勝ち残り、外した人もリバウンドを拾って次の人が決めるまでに入れれば残れるというルールです。次の人に先に決められてしまうと周りから「See you!」と言われて脱落です。
3つのグループごとに優勝者を決めた後スタッフ部門も行われたのですが、島本さんに手招きされて急遽僕も参加。結果は……訊かないでください(泣)。ただ、「なんと彼はアメリカにバスケ留学して、帰ってきたばかりです!」と紹介されていた某若尾君が真っ先に脱落したのがせめてもの救いです(笑)。
午後のゲームの各部門優勝者に賞品が贈られ、また参加者全員に岡山さんから終了証が手渡されて、キャンプは無事おひらきとなりました。

終了後、参加者の一人である中村コウヘイ君に話を聞きました。今回は足の怪我のため見学となったものの、実に7年連続でこのキャンプに参加しており、島本さんが可愛がっている中学1年生です。そんな彼曰く「自分の知らなかったプレイを教えてもらえるので、このキャンプのおかげでうまくなってる実感があります」とのこと。怪我で参加できなかったことを非常に残念がっていたのが印象的です。
驚くべきは、既に170cmほどある有望な選手だというのに、将来の夢はなんと学者! 一見もったいない話ですが、それまではバスケを一生懸命頑張って、大人になったら楽しくバスケをやりたいそうです。そう、バスケは楽しむことが何よりも大事。そういう意味では、まさに彼のような選手のためにこのキャンプがあると言ってもいいでしょう。
バスケの基本は楽しむこと……あらためてそのことを子供達に教えられた、そんなキャンプでした。



吉川哲彦(よしかわあきひこ)

1974年生まれ、東京都出身。
中学1年時はバスケ部に在籍したが、転校した先ではバスケ部に入らず。その後、バルセロナ五輪のドリームチームに触発されて大学でバスケ部(体育会系)に入部。3年時の関西リーグ4部準優勝&3部昇格が唯一の自慢というベンチウォーマー。
26歳の時、周囲の勧めもありフリーのスポーツライターに。一番最初の取材対象に新潟アルビレックスを選び、それ以来取材対象はほとんどがバスケ。カテゴリーを選ばず、ありとあらゆる現場に足を運ぶ日々。
「自分の文章が日本のバスケ界を変える一助になれば……」と秘かな野望を抱いている。
2005年、初の著作「オールドルーキー」(共著・阿部理)がHOOP HYSTERIAより刊行される。

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